40過ぎたおっさんが貯蓄ゼロからFIREする過程

ポイ活とパチスロで副収入を得て毎月25万円以上投資してFIREを目指します。節約術やお得な情報、初心者でもパチスロや株式投資で稼ぐ考え方・毎月の収支報告・オススメ銘柄を記載していきます。

2016-01-01から1年間の記事一覧

⑳これが私の生きる道

高校の友達を裏切ってもうすぐ20年。毎晩考えてるわけではないけれど、時折、後悔の念に陥る。 出席確認で、私の名前を呼ばなかった先生、福祉の仕事・福祉の精神を踏み外してしまうまでの売上偏重な考え、私は私で変わりたくない思想を貫きたかった。その…

⑲ケアマネジャー+@

当時の私はケアマネジャーになりたかったわけではない。会社で資格を持っていると資格手当てが貰えるから取得しただけだ。私はケアマネジャーよりもデイサービスが好きだった。ただケアマネジャーを経験する事で、介護の視野が広がると思った。その経験をデ…

⑱地元に出戻り

こうして地元に戻ってきたわけだが、当初は新店での勤務が予定されていた。ただ既存店の方がドタバタしており、私が新店でドタバタし既存店もドタバタよりは、既存店を落ち着かせ新店もフォローするという話を上司に行い、既存店の方に復帰した。 管理職って…

⑰九州でのエリアマネージャーとの揉め事

この会社は勤務している職種によって非常勤職員の時給が違います。看護師で勤務なら1200円だけど、介護職員で勤務した日は850円だったり。 で、私は看護師専従の職員を採用しました。で、エリアマネージャーに報告もしたし承認もされました。その後そ…

⑯九州でデイサービス立て直し

九州に転勤し、開業2年弱で一日の平均お客様人数が4名位で大赤字の事業所だった。 エリアマネージャーに地域性を教えて貰いながら、改善すべき点について取り組もうと・・・ 取り組めなかった。ここでは運営の方法から配置の組み方、営業の方法まで全てや…

⑮九州転勤

この会社は全国展開をしてて勿論全国にあれば活気のあるデイサービスもあれば全然お客様の居ない不人気の営業所もあるわけで、会社的に言えば、私は新規立ち上げから一気にお客様が増えた成績優秀な事業所の施設長というわけである。 そうした中で、会社とし…

⑭地元で新規立ち上げデイサービス開業

当時は、会社も上から色々言わず、結果を出していれば、ある程度自由に運営させてくれていた。知人を一人連れて後は地元で採用だった。面接での採用も全部任せて頂けた。 私の中では、正三角形の考え方が信念で、採用の基準も経験年数よりも、やるときはやる…

⑬遂に社会に出る!

福祉の専門学校を卒業し地元の介護施設に就職しました。ここで感じた事、介護の仕事でも縦型社会はあるんだなと思った。1年働いて、友達の紹介で隣の市のデイサービスの生活相談員として働く事になった。ここでは、一生懸命働けた。重度の要介護認定の利用…

⑫福祉の道へ

スロプロ生活をしながら、将来の事を考えていた。売上とか気にせずに、一生懸命打ち込める仕事はないだろうか? 海外ボランティア・歯科技工・自営業等色々考えていたが、どれも難しい道のりだった。そんな時に、母親から、どうせ仕事もしないで暇やろって理…

⑪専門学校卒業→スロプロ生活→世間からのバッシング

それでも卒業は出来た。出席日数が足りるのかとかよく分からないけど、卒業式は参加し卒業出来た。そして実家に戻るのだが、就職していない自分は収入がなくて、またアルバイトだろうが、こんな縦型社会に入りたくないと何も出来なかった。 ①生きていくには…

⑩専門学校時代ー登校拒否

私の実家は専業農家で農業一本で生活していた。まあ私は次男であり、家を継ぐとかそんなことは頭になく、とりあえず地元に戻って就職したいと思っていた。出来ればプログラミング関係の仕事に就きたがったが、一般教養の低い自分はそういう筆記試験が苦手で…

⑨専門学校時代ー勉強×進路×就職活動

ここで学校に目を向けよう。私は数学が得意だったという理由で高校は商業科、簿記も勉強してた頃は点数も良かったという事から、税理士方向を目指してたのかなぁ。一応[笑] ただ税理士なるには日商簿記1級の資格が必要でそこから税理士試験には5つの科目を…

⑧専門学校時代ー過食×後悔×謝れず

食事が食べれるようになったら、今までのことが恐くなった。人は食べないと生命を維持できない。当たり前のことに気づいたら、かなりの暴食があった。てか、食べるって幸せ。美味しいものは一杯ある。体重は一気に平均体重を超えて太っていった。でも、過食…

⑦専門学校時代ー救いの手

体力もなくなり日常生活にも支障が出てきた。学校は夏休みとなり、それで生活が出来ていたというか、倒れずにいれたというか、いっそう、倒れてしまったら解放されるのに・・・ その状況が変化したのは、中学時代の友達だった。私の様子がおかしい事に気付き…

⑥専門学校時代ー平和バスター

高校一緒だった友達は仲が良く、男同士って仲良くても、弄ったりからかったりする事ってあるけど、そんな関係だった。そんな感じだから、『彼女作らんと』とか『暇人やね』って発言は高校の時と変わらず、いつもの感じだった。でも、あの時の自分には余裕が…

⑤専門学校時代ー拒食症の始まり

1ヶ月で11キロ落ちたが、自分の中で中学のベスト体重にこだわっていた。中学の体重に戻れば身体のキレが戻ると信じ、時間があれば走り込みをしていた。それでも60キロからなかなか落ちなくなり、ご飯も食べず、ウイダーインゼリーが主食となっていた。毎…

④専門学校時代ー新たな土地で

卒業後、独り暮らしを始め、バスケットをしてるクラブチームを探した。クラブはすぐに見つかった。大学のサークル中心に活動してるクラブに入れて貰えた。ここでは自分の事を知らない人ばかり。同じ中学の友達にあって色々言われる事もなければ、運動辞めて…

③高校時代

高校は第一希望の公立高校は落ちて私立の高校に入学した。小学校時代から変わったのは身体機能であって勉強は変わらず苦手だ。入学した高校にバスケット部はなかったが、クラブチームから誘われた事は嬉しかった。ただやはり原因不明の吐き気がありバスケッ…

②小中学校時代

クラスでも足が遅くて、昼休みに『つき鬼』をすればチャイムがなるまでずっと鬼。勉強も出来ないし宿題やってこない。忘れ物多い。教室の自分の机の中には数日前の給食ででたパンがある。言ってみれば、クラスでも嫌われる・からかわれるタイプのイケてない…

①はじめに・・・拒食症と社会不信を経験して

36歳独身。自分自身、拒食症と社会不信を経験した。拒食症になった事も社会に出られなかった事も今では価値ある経験だったと思う。決して後悔はしていない。後悔は一つだけ。大切な友達を避けて裏切った事。数年前に『あの花』を観て、また考えるようにな…